2010年3月 4日 (木)

ツイッター風

最近、「四年後のソチでは」というセリフを多く聞きますが、「措置じゃなくて契約だろう」と言っている知り合いがいて、爆笑しました。

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2010年2月25日 (木)

やれやれやっと…

私の所属する専門職大学院は、社会人の実務者向け大学院です。

それにしては定員が80名と多いために、院生が集まらず苦労しております。
定員に達したのは、1期生(2004年度入試)のみ。それ以降、着実に応募者が減っている困った状況にありました。

私が正規に雇用された2007年度には、すでに定員割れがのっぴきもならないものになっており、大学院最大の懸念事項となっておりました。

定員割れになるとどうしても試験が甘くなる→試験が甘くなると院生の実力差が開く→授業や指導が難しくなる→授業や指導効果が薄くなる→院生の不満が高まる・卒業後の院生の社会的評価が低くなる…という悪循環が起きるわけです。

しかし、それが、ついに、本年、定員割れを脱しそうなのです!!(見込み)


ただ、これには、ちょっとした「からくり」があります。

まず、「定員」とは、「在籍者の定員」のことを意味します。

そして、実は、昨年度、長期履修制度という制度を導入しました。これは、通常の期間の倍の期間で卒業してよいという仕組みです。
この結果、かりに全員長期履修だとすると、年間入学者40名で在籍者80名=定員一杯になるという、「定員を埋めやすい」仕組みが導入されたのです。

ただ、そうはいっても、実際の志願者数も、70(2007年度)→61(2008年度)と底をうち、→63(2009年度)→70(見込み2010年度)と、じりじり上昇機運にあることも事実です!


私のいる専門職大学院は、1年制で、しかも講義が昼間にやられるという社会人向けとは思えない(やめてくるか、休職してくること前提)ものでした。
昨年度、これに、長期履修制度を入れて、講義を夜と土曜日主体にして(私のいるビジネスコースのことですが)、さらにカリキュラムの内容を大変更するという大カリキュラム改定をしました。
また、指定法人制度も導入し、職員・教員みんなで、色々と工夫しながら、取り組んできました。

そうした努力が報いられた(多分)わけですから、喜びもひとしおです。
ちなみに、志願者が増えているだけでなく、大学院に対する満足度も、確実に上がってきている手ごたえがあります。

私も雇われる際に、5年間頑張ってみて、うまくいかなかったらやめます、と言った手前、(まだまだ改革の先は長いものの)、ほっと一安心しているところです。

ところで、これまでの主要な改革は、すべて、現場の職員・教員が考えて提案したものなのですね。
そして、それを、経営サイドが認めてくれたという、まさに、日本的なボトムアップ型の経営改善だったわけです。


今後、やらなくてはいけないことが、いくつかあります。
それが、うまく軌道に乗れば、私の役割もひと段落するのではないかと、楽しみにしています。

先は、まだ遠く、あと2年では、ちょっと無理そうですが…。

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2009年8月30日 (日)

丸ノ内タクシー事情

 新霞が関ビルでの要件を終え、早稲田方向に向かうためタクシーを拾おうと、霞が関ビルとの間の道に出た。
 一車線一方通行の細い道であるが、2回に1回くらいの確率で、すぐにタクシーを拾える道だ。近所には文化庁の前にタクシー乗り場があるのだが、赤坂六本木方面に行くのには不自由(時間帯にもよるのだろうけれど、早稲田に向かうのも、外堀外回りで行くのが早い)なので、ここで拾うのが、「タクシー乗りの通」である(そんなことで、胸をはってもしょうがないが、都内でも、場所によっては、タクシーのほうが大幅に時間節約になるのです)。

 一方、丸ノ内霞が関近辺の考えながら仕事をしている運転手さんにとっても、この道がかなり高確率で客を確保できることを分かっておられる。たとえば、タクシーに乗って「新霞が関ビルまでお願いします」といった瞬間に、「霞が関ビル側でよろしいですね」と答える運転手は、まず間違いなく、考えながら仕事をする人である。

 今回、私が、タクシーがいないかなあ、と目線を走らせた瞬間に、止まっていた空車タクシーが、すっと私の横につけた。
 その道で流しているタクシーは珍しくないのだが、止めてまっているタクシーはめずらしい。
 早速、それを聞いてみると、
「いまは本当に厳しくなって、丸ノ内霞が関でも、流していて拾っていただけるケースがものすごく減ってきているのです。」
「売り上げはどんなもんですか。」
「うちの営業所で、月4万くらいになってます」
※ 丸ノ内霞が関あたりだとこれはかなり低い状況です。
「それは大変ですね。…でも、コンスタントに8万くらい売り上げる人もいるわけですよね」
※ 都心部だと、運転手の頭の使い方で、相当な差がでる。
「確かにいますけれど、今、それだけ出すのは、ルールを守ってない人ですね」
「というと、勤務時間ですか」
「そうですね。休憩1時間にして、1時間延長するとかやらないと、子どもさんを育てている人は大変みたいですね」
※ 確か、道路交通法令上、休憩3時間、1回の勤務時間16時間に規制されている。
「会社のほうはうるさくいわないのですか」
※ 最近、国交省が規制官庁になって、厳しい監査がある。守らないと営業停止まである。
「そうなんですよ。うちあたりはうるさいので、例の国際自動車さんに、一時期は40~50人行ってましたよ。」
※ 「例の」とは、関東運輸局が2月に監査が入って、運転手の超過勤務などに関して道路交通法違反が見つかり、営業停止処分をくらいそうな件である。
「ああ、やっぱり、国際自動車は、緩かったんですか。」
「私らの中でも有名でした。今の時代、コンプライアンスを守らないことをやっていて、どういうことになるかというのを、経営者が考えてないんでしょうかね…それに、いくらお金がいるからといって、そういう会社で働こうという意識も疑いますね。」
「国交省の基準が厳しすぎるってことはないんですか。」
「でも、休憩時間や労働時間をちゃんとしないと、はっきり事故に通じますからね。」
「ああ、やっぱりそういうもんなんですね。」
「その点、しっかりしておられるのは、日本交通さんですね。」
「そうなんですか。あそこの三代目、ちょっと前にテレビに出てましたね。」
「いろいろ噂はあるようですけど、やはり、きちんとそういうことを守らせて、経営を成り立たせているというのは、立派です。」
「なるほど、なるほど。」

 日本交通の三代目というのは、「タクシー王子」として有名な川鍋一朗さんのことである。
 慶応経済を出て、NW大ケロッグのMBAを取得してマッキンゼー→家業を継いで34歳で社長、という、華やか過ぎて、やっかみたくなる経歴の持ち主である。
 半分以上やっかみなんであるが、こういうキャリアの方は、だいたい「経営ごっこ」が好きである。ただ、彼が社長になった時点では、経営がそうとう厳しい状況になっていたので、「ごっこ」をやっているひまもなかった。
 ようやく立て直した2007年12月突如「タクシー運転手をやる」と1カ月、自社の運転手業(経営の合間なのではなく、真剣に)をやったというので、ニュースになった。テレビでも取り上げられていたので、ご存知のかたも多いだろう。

 こういう行動をどうみるか、は意見が分かれるであろう。パフォーマンスという見方もあろうし、1カ月で何になるんだという意見もあろう。一方で、大企業の社長が、きちんと現場を知ろうとしているのは偉い、という見方もあろうし、それに対して、「いつまでも「家業」気分じゃだめだ」という意見もあろう。
 私は、こういう「パフォーマンス」は、それ自体が良い悪いじゃなくて、何かの一環としてやるのであって、あくまで結果に表れることだろうと思う。
 ただ、川鍋氏のタクシー勤務をとりあげたテレビ番組で、会社の運転手が、おもしろいくらい、「どうでもいいんじゃない?」のスタンスだったことには、大変興味を覚えた。少なくとも、川鍋氏は、自分の行動を「パフォーマンスと受け取る人が多いだろうな」くらいは、よくわかっているのだな、と思ったからだ。

 それで、興味を覚えて、「タクシー王子、東京を往く」まで買って読んでみた。
 一番、感心したのは、「今自分は37歳、少なくとも、父親が亡くなった67歳まで社長をやるとして、あと30年、その30年間、長期的、持続的な成長を遂げるために、いま自分は何をなすべきか」という考え方である(そのために、現場でタクシー運転手をやったわけである)。
 世襲のことを悪く言う人は多いが、うまくいくかどうかは、全く別として、30年先のことを考えて、経営を組み立てられるのは、世襲だけだろう。
 「やとわれ社長」は、2期4年に実績を残すことが精一杯で、下手をすれば、前後を犠牲にする。V字回復なんて、その多くは会計操作に頼っており、新社長の実績づくりのことも少なくない。

 そういうことで、日本交通という会社については、大変興味をもっていた。コンプライアンスを守っていることを他社の運転手にも賞賛されているということ自体、すばらしいことであろう。それが、業績に結び付いているかどうかは別として。
 タクシーの業界は、最大手の日本交通で500億円に満たない小規模乱立業界である(ちなみに、2番手が国際自動車になるのではないかと思う)。非上場がほとんどで、同族経営も多い。
 タクシー運転手として、どうやって売り上げを上げるか、というのは、MBAの素材になりがちなテーマであるが、今の時代、タクシー会社をどう経営していくべきか、そして、そのことが勝ち負けを生むのかどうか(今のところ、極端な勝ち負けはないように思うが)もおもしろいテーマではないかと思った。

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2009年7月25日 (土)

まぼろしの原稿~ひさしぶりに更新してみました

 最近、「ブログはちっとも更新しないのですね」と、何人の方に言われた。

 更新するだけの時間的、精神的余裕がないので、自分のほうで更新することを諦めていたのだが、そう言っていただくと、ありがたいものである。
 気になって、アクセス件数を確認すると(そういう機能がココログにはあります)、過去6か月、1日平均18人の方が訪れてのべ21回アクセスされているようだ。
 正直、驚いた。どういう人が、アクセスしてくれているのだろうか、と気にもなった。


 同じころ、「「○○」の連載はいつの間にか終わったのですね」とも言われた。
 その方は、現在、私の所属する専門職大学院の院生であり、大学院に来た1つの理由は、その連載を読んで、藤井に興味をもったからだという。
 
 広島の片田舎で貧乏人として育てられたため、根っこのほうで、僻み根性がある。
 悲しいかな、ほめられると、「おべんちゃらに違いない」、とどこかで思ってしまう。
 悲しい性で、確かめるように、「へえ、どの話が面白かったですか?」と聞いてしまった。

 すると、本当に私が書いた文章のいくつかを覚えていて、あの話は、自分のところでも同じようにあって、どこでも同じようなことがあるんだなあ、と感心しました、と語ってくれた。

 正直、1年前に終わった連載を、話の中身まで覚えていてくれる熱心な読者がいてくださったとは思っていなかったので、大層うれしかった。


 実は、「○○」の連載、結構、力を入れて書いていた。

 連載していたころは、何を聞いても、これは記事にできないかな、と思いながら聞いていたりした。ネタに困ると、知り合いに、何か面白い話ないかしら、とこっちから取材したりもしていた。
 「現場で聞いた話をもとに考えた」というスタイルを貫こうとしたことが、結果として、自分で自分の首を絞めたところもある。
 最初の頃は、エッセイのようなものなので、楽しんで書けていたのだが、半年(6回)たったころから、ネタもつきて、すらすらとはいかなくなってきた。ネタがないのに苦しむだけでなくて、見つかったネタをどう考え、どう広げるかも悩むようになった。
 感覚としては、批判的態度はできるだけソフトにして、希望と勇気につながるようなものにできれば、というものだった。
 しかし、これが案外難しい。私の文章能力では、四苦八苦してようやく、それらしくなるくらいだ。

 そんなことで、締め切りを守らないのは、最初からのことだった。
 しかし、だんだんに、締め切りが名目だけのものになってきた。
 連載が2年目に入ったころから、どこが本当のデッドラインもわかってきて、本当のデッドラインが自分の締め切りになった。そして、デッドラインを踏み越しかねないこともしばしばあった。
 編集者の方には、本当にひやひやさせて、ご迷惑をかけただろうと思う。編集者のご苦労もあって、連載を「落とす」ということだけは、避けられてきた。そういうことが積み重なると、こっちはどんどん、それに胡坐をかくようになる。

 そんなある月、第17回目の原稿について、デッドラインも踏み越して、とうとう、こんなメールが来た。

「再三原稿提出のお願いをいたしましたが、ご入稿いただけず、不本意ながら他記事に差し替えを行いました。連載企画が休載となるのは月刊誌にとって最悪の事態であり、読者からの信頼を損なうものと深く受け止めております。
本連載については、編集部としても大変興味深く、読者にとっても有意義な内容と考えております。しかし、今回の件を踏まえ、部内で協議したところ、今後の連載継続は困難との結論に至りました。つきましては、誠に残念ではありますが、○月号をもって連載終了とさせていただきたいと存じますので、ご了解くださいますようお願いいたします。」

 大変、申し訳ない気持ちになった。
 また、メール一本で連載打ち切りになったことで、売れない作家の気分をたっぷりと味あわせていただいた。自分の中で、「いくらなんでも、メール一本で打ち切りにするのは…」という気持ちを見つけ、おごりがあったことも反省した。
 一方で、締め切りに悩まなくてよいことに、ほっとした心持もあった。

 ところが、連載が打ち切られて1年たった頃から、「ああ、この話は、あの連載があれば、書きたかったなあ」と思うことに、再三出会うようになってきた。
 おそらく、自分の中の気持ちが、また、復活してきたのだろうと思う。
 ただ、そうなると、連載が打ち切られたことが、口惜しくなってきたのも事実である。
 事実ではあるが、まあ、自分のせいだから、やむを得ない。

 と、あきらめかけたころに、「あの連載を楽しみにしていました」など、と聞くと、また、やっぱり残念な心持になってくる。

 それから、お断りしているのだが、あるところから「○○に連載されていたような内容で研修の講師をやっていただけないだろうか」というご依頼をいただくこともある。


 ふと、このブログで、やればよいのではないかと、2つのことがつながった。


 ということで、いきなりなのであるが、17回目の原稿として準備していた幻の原稿について、公開したいと思います。
 1年前のことなので、ちょっとさすがに、ネタは古いです。それに、連載疲れからか、そんなに面白い内容とは思えないのですが(ちょっと防衛的である)、折角なので、公開してみたいと思います。

 今後、現場でこういうことを聞いた、という形式にこだわらず、エッセイ風に色々書いていきたいと思います。

===

介護報酬が上がること、給料が上がることの意味


 「介護報酬を上げて、介護職員の処遇を良くするということを聞きました。報酬を高くするとして、本当に介護職員の給与が上がるのでしょうか。お年寄りの保険料が高くなるだけではないのでしょうか。」
 こういうメールを、地方のデイサービスで管理者を務める介護職員からもらった。
 彼女と同じ心配をしている人は、少なくない。
 確かに、大都市部を中心に、施設側としては職員の賃金をあげたいのだが、収入が不足していて、これ以上人件費あげられないという話をよくきく。
 しかし、一方で、今でも介護職員の給与があげられる余裕がありながら、最低限の賃金ですませようと考えている経営者も少なくない。こういう経営者(そういう人々を「経営者」と呼べるかどうかは置いておくとして)が多いと、介護報酬を上げても、それは職員のもとには届かないだろう。
 実際、約20年前、看護職員でも同じようなことがあった。当時は、バブル経済に湧いていた。看護業務は3K職場なうえに給料が低いとされ、看護職員が不足することが社会的な問題となっていた。そこで、看護職員の待遇を改善すべく、診療報酬の引き上げが行われた。しかし、目に見える直接的な効果はなかったとされている。
介護報酬をあげれば、介護職員の給料が上がるという単純なものではないのだ。

介護職員の給与の適正水準とは

 そもそも、介護職員の給与水準を、どこまで上げるべきか、意外に難しい。
一般に、「介護職員の給与が低い」という場合、同じ年齢層で、他職種と比較する場合が多い。しかし、こうした比較をすると、介護職員の給与は、見掛け上低くなる。というのも、一般に、給与を決定するのは、主として職場での経験であるが、介護の職場では、他の仕事と比較すると、年齢が高くても経験が浅い職員が多いからだ。
そこで、年齢に経験年数も加味して、「福祉施設介護員」の年収を他の職種と比較してみると、保育士、准看護師、歯科衛生士とほぼ同じであり、理容師・美容師、販売店員、スーパー店チェッカーより高く、看護師や理学・作業療法士よりは低くなるという結果になる(いずれも、女性の常用労働者の場合、平成19年度厚生労働省「賃金センサス」)。
 こうして比べると、介護職員だけが特別に低いわけではないということになる(ただし、「ホームヘルパー」の場合は経験年数を加味しても相当低い)。
ところで、そもそも、経験年数(在籍年数)や年齢だけで、給与が決まるべきなのか。
 日本では、長く、年功序列型の賃金が一般的だった。年功序列型の賃金の場合、最初は給料が安いが、結婚し子どもができるという年齢になるにつれ、給料があがり、職員は安心して勤務を続けられる。そのために、職員は、できるだけ長く1つの職場に勤め、組織の輪を保ちつつ、その職場の中で知識や技術を得ていこうとする。
 年功序列型賃金は、このように優れた制度だった。
 しかし、時代の変化とともに、能力や努力がなくとも昇給するという仕組みが、かえって、事なかれ主義や人員配置の硬直化につながる場合も目立つようになってきた。
また、そもそも、年功序列型賃金が成立するためには、職場の規模が大きくなり、どんどん職員が増えるという状況が必要だ。この条件がくずれると、給料が高い人の割合が増え、コストが跳ね上がってしまう。
こうしたことともあり、日本中の職場で、年功序列型賃金の維持が困難になり、新しい賃金体系を模索しつつある。ただ、これは単に賃金体系を変えるということに留まらない。年功序列型賃金をやめると、組織の中における職員の意識までも変わってしまうからである。
 年功序列型賃金は続けられない、かといって、良い賃金体系がない、というのがあらゆる業界の共通の悩みである。介護でも、同様のことがいえるのではないか。

介護に向かい合う真摯な気持ちをはぐぐむもの

 ところで、冒頭に紹介した彼女のメールは、次のように続いている。
「実は、私が一番心配しているのは、介護職員の給与が高くなった場合のことです。介護職員の給与が高くなり、お金のために誰でもか介護の仕事を選びはじめると、おとしよりの立場にたてない職員が増えるのではないかと思うのです。」
 この彼女の意見に、賛成しない人も、多くいると思う。サービスを必要としている人はどんどん増えていく中で、「やりがい」だけで職員を集めることには無理がある。
 しかし、彼女の意見にも、もっともな点がある。
介護保険がもてはやされた時代、世の中が長い不況にあり、人材を募集するのに苦労がなかった。筆者の所属するような福祉系の学校にも、「就職に困らないから」「将来が明るいから」といった理由で、多くの学生が高齢者介護をめざして受験してくれた。
 それがここ最近、すっかり状況が変わった。介護の職場でも学校でも、職員や学生を集めるのに、本当に苦労している。
 ただ、1つだけ希望を見出せるとすれば、今の時代に福祉や介護の勉強をしたい、仕事をしたい、という若者は、今まで以上に、福祉や介護に真剣に向かい合おうという気持ちが強いことである。
給料や処遇は重要である。と同時に、介護に向かい合いたいという気持ちは重要である。これらを両立するための制度や仕組みが求められている。

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2006年10月22日 (日)

研修の単価再考

 最近、土日も仕事をしていることが多く、ちょっとオーバーワーク気味です。
 進めなくてはならない仕事まで、ちょっと遅れている状況です。

 最近、介護の現場の高度化にともない、系統だった研修が指向されつつあります。制度的にもこれを後押ししようという流れがあります。
 本日も、施設長・介護課長クラス対象の研修の講師として出かけて参りました。全体で100時間くらいのプログラムを組んでおられ、私はそのうち3時間半を担当させていただきました。

 この話しとは直接関係ないのですが、講師に行って、こんな話しを聞きました。
 ある大学の先生で、大変優れたプログラムで大変良い話しをなさる方がいらっしゃるようです。私はその方を直接知りませんし、具体的な内容も知らないのですが、とにかく、参加した人に感動を与えるのだそうです。
 しかし、その方の金銭的な要求等が分不相応なので、首をかしげているというのです。

 研修業界のペイは、単純にいえば、「有名度」8で、「内容」2です。内容のある人は有名度が高い傾向にありますが、全く内容がなくても有名度が高い人もいます。テレビにしょっちゅうでて、その人が来るというと、聴衆が集まるという人ですと、100万円というレベルになっていますが、業界の有名人レベルで10~20万円クラスではないでしょうか。

 以前も書いたかもしれませんし、私のHPをみていただければおわかりになりますが、私は研修の講師を引き受ける際、料金の注文をつけたことがありません。
 正確にいえば、謝礼を下げるようお願いしたり、それをそのまま寄付したりすることはあっても、料金を上げてもらうようなお願いをしたことはありません(ただし、1回、あまりにも世間相場と異なる料金の提示があったので、「それは常識的ではないのではないか」といったことを言ったことがあります…これは、朝から夕方まで1日の研修で約2万円という提示があった際のことですが、結局、先方がいう2万円は時間単価ということで(時間単価を提示するのが妙ですが)落ち着きました。また、言い値ですと、高い、安いがあります。冗談が通じる相手なら、「安いですねえ」と口走っていることもあると思いますが…

 私が、料金に注文をつけないのは、別にお金がほしくないからでもなんでもありません。
 世の中のものはなんでも、価値があれば、高い値段がつくものですから、高い値段をつけていただければ、大変ありがたいと思います。しかも、そのお金で、私が豊かになるのですから、これは大変ハッピーなことです。

 私が値段交渉をしない1つの理由は、私が以前にいた会社の単価が極めて高額で、その単価に応じた仕事がなかなかできないために煩悶していたということがあります(最近になって、業者の見積もりとか企画とかを見せて頂く側になって、あらためて私のいた会社が妙に高いことに驚きます…決して、単価の分だけ良い仕事はしていませんでした)。こちらから値段をふっかけることの辛さに、懲りていたということですね(まあ、こう感じるのは、私の貧乏性(よく言えば誠実性)のせいですが)。

 それから、会社員時代のお願いする立場からの経験では、お金のことを色々言ってくる大学の先生は、どんなに優れていた方でも、評判を落とすこともさることながら、実力が伸びないというか、大成しないということをみてきました。「銭ゲバ」という噂の高かったある先生は、とうとうお金の件で、捕まってしまいました。

 それから、研修をビジネスとして企画することもやってみた経験から、研修ビジネスというものの難しさを知っていたので、そもそもそれで儲かるものだと思っていないというのもあります。

 ということで、フリーとはいえ、研修で生計をたてる気はなく、あくまで頼まれるから、あてにしていただいているから引き受ける、あるいは、そういう場を通じて勉強するというつもりでした。ですから、時間があれば、講師をやるついでに、事業所を見せて頂いたり議論したりということを、お願いしてきました。また、口幅ったいですが、常によりよいモノを目指して努力しているつもりですし、例えば、違う対象でも、全く同じ話しを2回したことはありません。これは、来て頂いている方に、分かって頂きたいという想いと、自分自身が成長するためという意識でいます。
 ちょっと格好良すぎますが、フリーでやるということは、そうでもしないと、すぐ誰も相手してくれないですからね。要するに、格好をつけていることも含め、私自身を「売る」ための「マーケティング」ということです。

 さて、以上述べてきたことは、フリーになる以前から思っていたことも多いですが、フリーになって実質3年目、違う印象を持っています。
 具体的には数字をみていただくとわかりやすいと思います。

2004年 年間講師引き受け回数28件/お断り回数0
2005年 年間講師引き受け回数54件/お断り回数12
2006年 年間講師引き受け回数60件/お断り回数24(現時点)

 2年目は回数が倍増して、断らなくてはいけなくなりました。
 3年目は、お引き受けする回数が限界を超え、お断り回数が倍増しています。
 さらに、上には書いてありませんが、私がいただく謝礼の平均値が、2004年、2005年がほぼ一緒であったのに対し、2006年には約2万円も増えています(確定申告のためデータを保存しているのですが、今回、このブログのために計算してみて自分でもびっくりしました)。

 回数がここまで上がっているのは、介護保険制度改定の影響も大です。それに加え、単に値段に拘らないということも大きいと思っています。というのも、上に述べたように値段交渉する方や、自分で例えば10万円という単価を決めている方もいるのですが、私の講義はそういう方と、多分ほとんどレベル的に変わらないと思います。そうなると、当然、私の方に依頼が多くなるでしょう。

 しかし、3年目は単価が上がったことは説明できません。
 単に「あの人なら安いから」ということではないようです。

 単価が増えた現象について、私なりに、この要因を分析してみます。

 まず、今年は、3件に1件はお断りせざるをえない状況ですから、高額なものを私が意識的・無意識的に選択したという可能性が考えられます。しかし、当初から、謝金の提示をいただくケースは希ですから(引き受けてから、謝礼の話しになる場合も少なく、通常は、振り込まれてから、もらってから金額が分かる場合が多い)、これは否定できます。

 それでは、私が何を優先して選択しているかというと、リピートと依頼側の熱意です。それから、お世話になっている方々からのご依頼は当然優先しています。
 一見不思議なことですが、お世話になっている方々に依頼された研修の謝礼は、そうでない場合に比較して、かなり高くなっていました。私はお世話になっているつもりでいるのですが、それはそれだけ、先方が私を見込んでくださっている、大切にしてくださっているということもあり(自分で言うのも口幅ったいですが)、それだけ私にはひょっとしたら分不相応な謝礼をいただいているのかもしれません。結局、お世話になっているからと思って引き受けているけれど、結局、またお世話になっている形でもあるのです。

 逆に単価が安いところというのは、概して熱意がないケースが多いです。毎年決められたプログラムをこなさなくてはならない、色々聞いて回ったら藤井という名前が挙がったので、じゃあ、おねがいしようか…という感じです。そういうところですから、予算も決まっていて、研修の参加費用も安いのです。したがって、研修参加者も、なんとなく参加している人が多いです。こういうところの研修の講師は、本当にやりがいがありません。
 それで、こういうところを引き受けないようにしているわけですが(もちろん、謝金は聞かずに)、それが結果的に、単価上昇に寄与しているのではないかと思います。

 こういうと、「安いと引き受けていない」と聞こえるかもしれませんが、そうではありません。むしろ、今年あたりご依頼の幅も広がり、「熱意があるが、謝金は出すお金がない」というところも、お引き受けるようになっています。ちなみに、謝金をそっくり寄付させていただいたのを含めると、実質無料で引き受けた(税務署的には違いますが)のが、今年は4件あります。こういうのは、昨年までなかったですね。

 それから、私自身の関心があって、演習形式の講義を取り入れようとしていることがあり、まる1日コースといった依頼も少しずつみられるようになってきました。時間単価は変わらなくても、回数単価は高くなりますね。


 以上、縷々述べてきたことはどういうことかというと、私の今の仮説としては、かりに研修の講師としての収入を最大化したいのであれば、単価を引き上げようとする価格(price)戦略はおそらく不利だということです。
 テレビに出て講演で儲けている(テレビの出演料は、大物でない限り安いので)という方がいますが、こういう方は単価100万円です。これは、価格戦略以前に、プロモーション(promotion)戦略ですね。
 私の場合は(研修の講師で身をたてようと余り思っていないことも幸いしてか)、内容を良くしたいという努力(product)、あるいはお世話になっている方々やリピートを優先する(place)戦略を結果的にとってきました。これが結果的に、良い方向になっているようにみえます。

 いずれにせよ、制度改定という外部要因もありますから、来年どうなるか、今から楽しみにしているところではあります。それに、そろそろ飽きられるという要素もありますしね。


 今日の研修、休憩時間の合間に、ある経営に関する相談を受けました。やや判断に迷う件でしたが、私だったらこうします、ということを回答しましたが、ご質問いただいた方には相当腑に落ちた様子で、「これだけでも、今日来た甲斐があった」と言っていただけました。こういうことがあると、本当にやりがいを感じます。

=================

 冒頭の話しに戻ります。

 折角、良い内容を話しておられても、お金の要求が分不相応であれば、その内容すらも偽りに聞こえてくることがあるでしょうし、大変残念なことです(私のように経営について話している場合は、そういう不利はないなあと思ったりしましたが)。
 それだけでなく、結局は、自分にとって何も良いことはないように思います。

 この方には、お金が必要ななんらかの個人的な事情があるのかもしれません。しかし、それにしても、「自分は何を社会に提供しているのか」という観点でも、もう少し見直して頂けると良いなあという感想を持ちました。

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2006年10月17日 (火)

看護師募集に採用枠超える応募

 看護師不足は、いわゆる72時間ラインと7:1の設定によって起こっているといわれます。
 72時間ラインとは、看護師1人当たり夜勤が月平均72時間を超えると診療報酬が減収になる仕組みを導入したことです。7:1の設定とは、これまで最高の10:1より高い看護配置基準を設定したというものです。
 どちらも、より良い医療ができる体制を評価し、逆にいえばそういう体制をとれない医療機関を減収して財源を確保しようという政策です。基本的な政策として、誰もがこれを正しいと思うでしょう。

 ところで、最近、地方で、「あんな病院が、7:1をとるの?」という話をちょくちょく聞くようになりました。
 要するに、とても高い医療水準を提供できるとは思えない病院が、看護師の頭数だけをそろえて、高い報酬をとろうとしているということです(こういうのを「診療報酬至上主義」といいます)。
 7:1くらいであれば、「あんな病院」が看護師を集められることはないのではないかと思っていたのですが、やはり、「おいしい報酬」をつくるとこういうことにはなるのですね。今後は、診療報酬によるインセンティブは必要最低限にすべきでしょう。まあ、過度なインセンティブをつける財政的な余裕はありませんが。

 ところで、今回、景気が良くなってきたから看護不足しているということは、あまり言われないですね。
 これは、看護師の労働市場が、一般の労働市場から独立してきているという傾向ではないかと思います。バブルの際に、大学化等、看護の資格を強化することによって、看護不足に答えようとしたわけですが、これが正しかったということになると思います。
 介護の世界でも、早く大学化を進めるべき、というのが私の持論です。(介護の世界は、景気が良くなってきて、職員が確保できないと大慌てです)

 さて、この記事に戻ります。この県内二大病院が、県立病院としての期待に答え、民間病院にお任せすべき患者を民間にお任せしているのであれば、県立病院に看護師の応募が殺到していることは、やむをえないことで、ある意味当然のことでしょう。
 しかし、フリーアクセスを保証している限り、「民間病院にお任せすべき患者を民間にお任せする」ということは、限りなく難しいです。となると、看護師を独り占めすると言われる要素がでてきます。
 さらに、県立病院の看護師給与の設定が適正でない(水準だけでなく、年序列賃金である場合)など、効率的な運営がなされていないのであれば(つまり、公費繰り入れががあり)、公的病院そのものの存在意義が疑われることになるでしょう。
 いずれにせよ、地方自治体という組織が、効率的効果的に機能することが保証されていない現状において、都道府県立病院のあり方を考えることは、相当難しいですね。

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 来春、看護師の大量採用を予定している“県内二大公立病院”の看護師応募数が採用枠を大きく上回った。四十四人採用予定の県立中央病院(青森市)には百三十三人、約百人採用の弘前大学医学部付属病院(弘前市)には百五十四人の応募があった。「医療現場の人手不足と多忙が緩和される」と胸をなで下ろす両病院とは対照的に、中小病院関係者は「県内の現役看護師が大病院に流れているのではないか」と危機感を抱いている。

 看護師不足のためCCU(冠疾患集中治療室)の稼働を見送ったり、本来看護師のやる仕事を研修医が行うほど、看護師不足が深刻な弘大病院は来春、例年の三倍以上の約百人を採用する。

 当初、応募の出足が鈍く関係者を心配させたが、市内外への幅広い広報が成果を上げ、十二日の募集締め切りまでに百五十四人の応募があった。

 また、来春、多数の看護師退職者が見込まれる県病では、例年の約二倍に当たる四十四人の募集枠に対し約三倍の応募があった。

 一方、気が気でないのが民間開業医。全国的に看護師獲得競争が激化していることを背景に、新卒看護師の県外流出が進むとともに、現役看護師の大病院移籍が始まっているのではないか-と懸念する。青森市医師会の斎藤勝会長は「弘大病院、県病応募者の中には、県内の中小病院の看護師もいるのではないか」とみる。さらに「看護師の絶対数が足りないのだから、県は看護師の養成に力を入れるべき」と主張する。

 県医療薬務課は一般論として「教育体制などがしっかりしている中核病院に看護師が集まる傾向にある」と指摘。地域医療を守るためにも「中小の民間病院も魅力ある職場づくりを一層進めるようにお願いしたい」と話している。
東奥日報2006年10月15日(日)

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2006年10月15日 (日)

介護施設業務停止「入居の親どうしたら…」

 商売柄、自分なりに将来を予測し、はずかしながら皆さんの前に開帳するということがあります。
 当然、あたりもあれば、はずれもある。
 最近でいうと、うまく当たったのは、2年前に、社会福祉法人の資金調達の手段の多様化を考えるべきであるとしゃべったことが、今年の8月11日の国のレポートで本格検討に入ったことがある。

 そして、昨年あたりから、「とんでもない事業所は退場していただかないともたない。更新制の導入により、つぶせないから、つぶさない時代は終わるし、法制度もその方向にすすむはず。」と申し上げていましたが、今年、基準省令等が改正され、指導・監査の制度が改められ、ついに、老健の行政処分が行われました。
 それがこの記事です。
 こういうとんでもない施設ですら、「つぶせないから、つぶさない」施設だったわけです。
 このレベルまでいかなくても、明らかにひどい施設、じつは全国にうじゃうじゃいます。そういうところを、利用者への影響をみながら、少しずつ潰していかないといけないわけです。

 しかし、この読売新聞の記事はなんなのだ!

 これまでずさんな経営がまかり通ってきたことを指摘するのは正しい。ただ、そうなると、いつかの時点で行政処分が必要なわけである。そうすると、入所者(というより、家族)が困るのは必至である。
 きちんと最初から指導していれば、こういうことが起こらなかったというのであれば、そういう記事にしていただきたい(多分、そういうことはないはずである。ここまで、確信犯の施設は、どうやって指導しようが、こうなってしまう。「許可をしなければ良かったのではないか」というあたりは、取材する価値あり…しかし、多くの場合許可の時点では見破れない)。
 そもそも、非難するなら非難するで、生産的な非難や提案はできないのか。
 この記事は、どうやら、利用者が困るようなことをするなと言いたいらしい。じゃあ、こういうひどい施設をどうせよというのだろうか。受け皿のために1つ施設を造った上で、行政処分をせよというのであろうか。
 たとえば、私なら、入所者・家族が迷惑にならないように、経営者を入れ替える方法を提案する。しかし、老健だと財産権の問題があるのではあるが(余談であるが、最近、特養が社福でなくてはならない理由を、「おかしな特養はすべて、経営権を奪う」という行政処分をするという前提で正当化されると思っている。それに、医療法人もすべて持分をなくして、財産権の最終帰着先が国であれば、こういう問題が起こらない)。

 まるで、悪いのはすべて行政であるという正義づらをするのはやめていただきたいと思う。行政が全く悪くないというつもりはないが、真実を目をむけずたたきやすいところをたたくマスコミの姿勢は、それと同じかそれ以上に悪いと思う。

 ところで、今回の行政処分、基準省令に従ったとすれば、①改善勧告、②改善命令・公示、③許可の取り消し等となるはずですが、そのプロセスもきちんと取材してほしいものです。また、その間、家族はどう受けとめたか、行政はどのように対応したか…など。

 いずれにせよ、ご家族もうすうす知りながら、そういう施設に入れざるをえないところに追い込まれていた状況は、なんとかしないと…。
 「介護地獄」は多少解消したにしても、単に「姥捨て国家」になっているだけなんじゃあ…。
 せめて、それを問題にしないとねえ、マスコミさん。

 なお、一部の報道で、「サービスそのものは悪くない」的な報道がなされていましたが、こんな法人が中長期的に、良いサービスを提供できるはずはないのである。東京都の担当者の方も、テレビで妙な説明をしていたが、その点も強調すべきである。


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 巨額の公費がつぎ込まれている介護施設で、ずさんな運営がまかり通っていた。

 東京都から14日、全国初の業務停止命令を受けた東京都練馬区の介護老人保健施設「すずしろの郷(さと)」。同施設を運営する医療法人「杏稜(きょうりょう)会」側は13日夕になって施設管理者に医師を就任させると申し出、都福祉保健局では命令を出せるかどうか、ぎりぎりの検討を続けた。施設には72人が入居しており、14日午前の説明会に集まった入居者の家族らは、突然の業務停止に途方に暮れた表情を見せていた。

 杏稜会側が医師の資格を持つ人物の履歴書などを提出し、「施設管理者になりうる」と報告してきたのは13日夕。介護保険法は、介護老人保健施設の開設者に、「都道府県知事の承認を受けた医師に施設を管理させる」と義務付けているのに対し、これまで「すずしろの郷」では、施設管理者としての責任を担える医師はいなかった。

 杏稜会からの突然の申し出に、この規定を根拠に業務停止命令を出す方針だった都福祉保健局は混乱。幹部が集まり、施設管理者の選出方法についての制度や法令の解釈を午前5時ごろまで検討する事態となった。

 その結果、施設管理者は医療法人の社員総会で理事に選出されなければならないのに、杏稜会内部では紛争が続いているため、この医師が直ちに就任できる可能性は低いと判断。業務を継続すれば、入居する高齢者への影響が出かねないとして、既定方針通り、業務停止命令に踏み切った。

 一方、練馬区春日町の「すずしろの郷」では、午前9時半すぎから説明会に出席するため、入居者の家族が集まり始めた。

 91歳になる母親が入居しているという練馬区内の男性(61)は「今年1月ごろ、職員がどんどんやめていったり、給料が支払われていなかったりといった話があった。でも、その後は経営が持ち直したと聞いていたのに」といい、「今月いっぱいで閉鎖という話もあるが、これからどうしたらいいのか。老人ホームに入れたいが、入所待ちの状態だ」と困惑しきった表情だった。

 80歳代の認知症の症状のある父親が入居しているという練馬区内の女性は、説明会開催の通知を前日に郵送で受け取ったばかり。「入居して1年で、ようやく落ち着いてきたところなのに。私も幼い子どもを抱えていて、やっと費用を工面している状態。この先、どうしていったらいいのか」と話し、「もし施設から出ることになるなら、都には許可した責任があるのだから、次の入居先を紹介してほしい。家族も高齢で、どうしようもない事情の利用者もいる」と不安そうだった。

(2006年10月14日 読売新聞)

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2006年10月10日 (火)

大内すこやか保育園:小児科医が開設、一時・障害児対応も--山口市 /山口

 乳幼児医療費の助成だの無料化だのをやる資源があれば、こういうことに、それを投入すべきと思います。
 孤立した親の不安の駆け込み寺として、医療機関は適切でなく、また、普通の保育所にも手に余るでしょうから。
 なんで、医療がついている保育が広がらないかといえば、政策の問題が大きいでしょうが、小児科医側にも問題があるかもしれません。乳幼児医療費の助成だの無料化によって、問題が解決しないことを、一番よく知っているのは小児科医だからです。

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 小児科医の野瀬橘子さん(63)が山口市大内矢田の診療所跡地に病児保育にも対応した「大内すこやか保育園」を開設した。緊急時の一時保育や障害児保育も行っており、仕事を持つ母親らからは「安心して預けられる」といった安堵(あんど)の声が次々に寄せられている。
 野瀬さんは夫の内科医、善光さん(65)と約27年にわたって診療所を運営してきた。この間、おたふくかぜやインフルエンザなどに苦しむ子どもたちを放っておけず病児保育所を併設。保育士3人を雇い、母親が仕事を終えるまで看病するほか、絵本を読んだり、抱っこするなどして子どもたち、母親たちの不安を解消してきた。
 開業当初こそ、診療所周辺は田畑が目立つ自然豊かな環境だったが、次第に大型商業施設などが増え車の渋滞も悪化。このため今年4月、約3キロ離れた国道沿いに移転した。診療所(約540平方メートル)が空いたうえ、同市の待機児童が約70人いることから保育園の開設を決めた。
 「小児科医と病児保育の経験を生かして地域に貢献できれば」と野瀬さん。2日の入園式には市内全域から園児31人と保護者が集まり、元気あふれる保育園生活をスタートした。
 長女と二女が入園した吉野一さん(30)は「これまで別々の保育園に通わせており、子どもが発熱したら迎えに行かねばならなかった。病気のケアが充実していて安心」。野瀬さんは「すこやかでたくましい子どもを育て、地域に開かれた憩いの場にしていきたい」と決意を新たにしていた。【島田信幸】

10月5日朝刊
(毎日新聞) - 10月5日13時3分更新

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2006年10月 9日 (月)

社会人大学院に想う

 大学も後期に入りました。ゼミが始まり、ゼミ生のかたがたと、以前より密な議論を行うようになっています。

 それで、最近、自分が、社会人経験者を社会人大学院・専門職大学院で教えることの「難しさ」を勘違いしていたことに気づきました(なお、社会人大学院・専門職大学院には、大卒後即進学する学生が数名いますが、彼らのことは除く)。
 私は、「動機付けが明確で、自分で授業料を払っている方々だから授業や教官に対する注文も厳しいだろう」と思っていました。

 ところが、教員側に聴くと、「専門職大学院の学生は、授業に前向きで教えやすい」と言う人が多いですが、「注文が厳しい」と感じている人は少ないようです。
 確かに、まじめに聴こうという意欲が高いですし、質問や意見も盛んです。その一方で、教員に対する「厳しい態度」というのは余り感じません。

 これはどういうことかということなのですが、結局、学生が「大人」ということなんだろうと思います。
 つまり、皆さん、カリキュラムや授業の内容に、相当疑問なり不信感を感じていても、口に出さないようなのですね。これは、特定の専門職大学院の問題ではなくて、私が教員をやっている日本社会事業大学、早稲田大学で同様の感想を学生から聞きましたし、また、私の知人で働きながら大学院に行っている方も同様の印象を持っておられました。
 それはそれで美しい関係ですが、学生の側に「ムダだった」感が残りますし、なにより卒業生を評価する社会の側が「あんなところに行っても役に立つ人材は養成してないな」ということになります。

 大学の側からすれば、子どもが減る分、大人にもう一度勉強してもらって一稼ぎということになるのですが、そんなに単純ではないということですね。
 そもそも、大学は「蘊奥の究理」のために設置されたもので、「役に立たないことをやる」ところだったはずだったのですね。それが、急に、「すぐ役にたつことをやれ」という大きな方針転換がなされたわけです。なによりも、もっと大学側と教員側が、学生のニーズに応えられるよう必死に努力しないといけませ。また、日頃から社会のニーズに対峙して、ソリューションを提供していっていないと、それを学生に教えることはそもそも難しいと思われます。

 大学の側にたった発言をすると、MBAとか法科大学院では、教えることがある程度決まっていますから、目標を設定しやすいですが、それ以外の大学院では、それがなかなか難しい(神戸大の加護野先生が、「文科省はビジネス大学院を専門学校だという感覚で、誤解がある」と述べられていますが、私の感覚では、専門学校ですらない、という感じも持ちます)。
 誤解がないように言っておきますが、各教員だってまじめに一生懸命取り組んでいるのです。しかし、大学というところで真に「役に立つこと」を教えるということが、難しいということです。

 まあ、何はともあれ、今のままでは、MBAとか法科大学院以外は、「社会人大学院は役に立たない」という烙印を押されてなくなってしまう…こんなことにならないように、私のできることは頑張ってみようと思う次第でした(来年は、もう1つ社会人大学院の教員をやる学校が増えますので…)。
 15年前には大学というところがいやになって社会に出たのですが、妙な巡り合わせです。

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ファジルサイ

ファジルサイを聞いてきました。
浅田彰が絶賛していたり、誰でもピカソに出ていたりと、今、旬でちょっとミーハーなトルコのピアニストです。

しかし、どうも、私には全く底の浅い自己満足としか思えない演奏会でした。

やりたいことは分かりますし、相当のテクニックがあるのは分かります。
モーツァルトのK331やサイ自身が作曲したパガニーニ変奏曲は、それなりに聴くべきところがありました。

しかし、彼のやりたいことは、どう考えてもクラシックのコンサートの中でやるようなことではなかったようです。
悪ふざけとは言いませんが、クラシックがいすに座って身動きもしない古典芸能であることをどう考えているのでしょうか。
ちょうど、能の舞台に、氷川きよしが歌うようなもので、氷川きよしが良いと思う人はいるでしょうが、能の舞台を観に来た人は氷川きよしのやることを低俗としか思わないでしょう。

さらに言えば、自己陶酔が過ぎて、テクニックがついて行っていない面が多々ありました。
ミスタッチだらけで、主旋律が全く潰された、恐ろしいスピードのワルトシュタインなど、誰が聞きたいでしょうか。

ということで、アンコールも聞かないで、紀尾井ホールを後にし、不愉快な気持ちで週末をすごしています。

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